信楽の登り窯窯元    「宗陶苑」の日記。      焼き物製作、商品紹介、日々の日記などなど・・・


by soutouen

水の子のこと


前回焼成の登り窯は「天命の窯」と名付けました。
これは平成八年の改窯後から数えてちょうど五十回目の焼成で、
孔子の言葉、「五十而知天命」(五十にして天命を知る)にちなんだものです。

天命とは運命、宿命、天から与えられた使命のことで
当苑の登り窯も改窯から五十回目の焼成をむかえ、
窯のもつ個性や特徴もあらかたつかめてき、
信楽で今なお使い続ける大登り窯のもつ宿命や使命みたいなものを知るという事でしょうか。

この五十回目の焼成をむかえた記念として
当苑の会長、上田寿方は信楽伝統の「水の子茶碗」を限定製作致しました。

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以下は製作によせて記した水の子の由来になります。

信楽は既に室町時代から花生、水指など茶に用いるものが作られているが、
茶碗となると室町には見るべきものが少ない。
この茶碗は利休時代に茶人の好みによって造られたもので、
窯の変化によって見事に出来ている。
作振りとしても薄いロクロ目と、
高台の作りなども四方付け高台であり、
その上に信楽の土味十分であり、
それに加えて胴や腰の辺に信楽特有の自然釉の変化があって、
総体に大わびで沈着した姿をし、茶人の好みに値するものである。
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書付には「水のこ 信楽茶碗 大徳寺大仲傳」とある。
この名は信楽土の中の白石が霰の如く点々と出て石爆と呼び
風情を愛でて茶人らしく「水の実(みずのこ)」と名付けたものであろう。

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伝来は初め津田宗及の所持で、その子江月和尚に伝わり、後に江戸深川の冬木喜平次所持となり、
寛永の頃(一七八九~一八〇〇)、金百五十両(現在の価格で二千万円)で松平不昧公が購め、
公はこれを中興名物同様に大切にせよと嗣子に遺言した。
大正の末年に松平家より根津青山翁に譲られ、現在は東京根津美術館に引継がれている。
     
   寿方記     『茶道名器鑑(求龍堂)より引用』


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by soutouen | 2010-05-23 16:34 | 陶芸 | Comments(0)